休日の買い物は市街地を通らないルートを使う。海へ続く一本道を抜け、川と平行して走り、旧街道を通ってバイパスへ出る。どの景色も好きだが、私には各ポイントに気になる家がある。
荒廃農地が広がる道の脇に、緑色の家がポツンと立っている。私が子どもの頃は新築で、屋根も壁も緑の洋風の家に憧れた。今は塗装も剥がれたが、軽トラが停まり、のどかな暮らしを思わせる。

橋の袂には2階建の木造家屋がある。狭い玄関先の庭木も、棚に並んだ植木鉢も、手入れがされて気持ちいい。春先には白木蓮が、夏には百日紅が橋を渡る人を迎えてくれる。
旧街道沿いには古民家が立ち並ぶ。離合がギリギリの細い路地。速度を落とすと、玄関の桟を拭く女性が目に入る。大事にされている家だ。隣家には「売家」の大きな看板。長年買い手は付かないが、庭付きの立派な日本家屋は掃除が行き届き、草も生えていない。ずっと眠っているようだ。

同じ通りに可愛い門扉のこぢんまりした空き家があった。玄関脇に置かれたままの子供用自転車とヘルメットが切なかった。この家にも楽しい時間が確かに流れていたのだ。今は草に覆われて門扉さえ見えない。自転車は埋もれたままだろう。
我が家の庭は、母が独り暮らしの頃は繁殖力の強い竹や雑草に押されていたが、3人暮らしになった今は、雑草と互角に戦っている。家屋も叔父の多大な協力を得て、朽ちた床を上げ、外に手洗い場を造り、車用スロープも設えた。
8月の終わりには父が遺した屋根の無いガレージに、日除けを張った。剥き出しの鉄骨に叔父の手作り部品と竹を繋げて、日除けの生地を括り付けた。3人で汗だくになって造った布の屋根は、東南アジアの家っぽくユニークな仕上がりとなった。
修理や整備をする度に、家が息を吹き返すような感覚に陥る。それが楽しくて、世話が続けられるのかもしれない。建て直したほうが早い古家だけど、せめて自分たちの代までは、手を加えながら住んでいこう。秋風にたなびく日除けが、ちょっと喜んでいるように見えた。


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